The HISTORY and
the TRANSITION of KAJITECH

100th ANNIVERSARY
カジテック100年の歴史

1922

梶浦利輝の像

1922年、主に副資材を取扱う卸問屋として、梶浦利輝が「 藤本商店神戸支店」を創業。その後1924 年に「梶浦商店」と改称し、販路を関西のみならず、中国・九州・東海地区へと広げ、海外市場での営業活動も積極的に展開した。

1941

朝鮮ゴム靴用品製造株式会社 集合写真

ハトメ・ドット釦・スナップ・靴紐など、軍需対応の副資材を製造する「朝鮮ゴム靴用品製造株式会社」を設立。海外出張には危険を伴う時代だったが、利輝は事業成功のために何度も朝鮮へ渡った。

1945

空襲 戦闘機

大阪大空襲によって社屋および利輝の自宅はすべて焼失。その上、敗戦によって朝鮮の自社工場は没収されてしまった。しかし1947年、大阪市東成区にて梶浦商店は営業を再開。国内での販売の拡大と、貿易事業への積極的な取り組みで、徐々に事業を立て直していった。

1960

ジャングルブーツの副資材

1960年代に需要の多かったジャングルブーツ。それに伴い軍ブーツ向けの副資材(ハトメ・ジャンクバネ・梯子美錠など)が大量に発注された。創業当初から軍ブーツ向けの副資材を販売してきたため、大量の発注にも対応することができた。

1998

梶浦株式会社の表札

1998年、最大の取引先であった大手ゴム靴メーカーが倒産し、多額の負債を抱えることとなる。これにより資金繰りの悪化、仕入先への支払い条件の変更、社員の退職といった問題が次々と起こり、会社存続の危機に陥った。

1999

白色のプラスチックスナップ

仕入れ先である武田精機社が新しいアパレル向けプラスチックホックの開発に成功。当時金属製のホックが主流だったベビー服にターゲットを定め、翌年から本格的に販促活動を開始。会社の存続に関わる、背水の陣とも呼べる挑戦であった。

2002

ベビー服についたプラスチックホック

プラスチックホックに社運を賭けた懸命な営業活動の結果、大手子供服メーカーや大手SPAでの採用が決まる。そして、武田精機社と協力して厳しい品質基準をクリアしたことで市場に広まり、現在では当たり前のようにベビー服にはプラスチックホックが使用されるようになった。

2005

上海カジテック

中国にサポート拠点を設立。中国の工場に不具合が生じた際に、迅速な対応ができる体制を整えた。

2015

カジテックベトナム

ベトナム・ホーチミン市にサポート拠点を設立。「カジテックに任せれば安心」といわれるほど高い評価を得て、プラスチックホックの売上伸長に貢献した。

2018

はばたく中小企業・小規模事業者300社の賞

「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定される。この賞は、中小企業庁によって、優れた取り組みを行っている中小企業・小規模事業者に与えられるもの。

2022年、創業100周年。
私たちは、多くの方々に支えらながら ここまで歩み続けることができました。 その感謝とともに、今後も私たちのこれからを 見届けていただきたく、心よりお願い申し上げます。